そして線を大切に。

九谷焼絵付師です。主に下絵付けを中心に制作しています。上品で味わい深い下絵の世界を目指して…

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作家がものづくりをする姿勢

こんにちは、シタエッティです。

 

格好良い題名になりましたが、”ものづくりをする姿勢”…正直よく分かりません。

なぜなら、作家それぞれ違うと思うからです。似たような考え、似たような作風だとしても、つくる人が違えば、それはただ似ているように見えるだけで、実は全く違うと思うのです。

 

 

先日見に行った展示会の話になりますが、大賞を受賞されていた方の作品は、釉薬のグラデーションがすごく綺麗でした。濃い紫色から上に向かって色が抜けていき、最後は白く透明に仕上げてありました。それは器の形とも相まって、上品な風格を感じました。作者の方は、濃い紫色をナスの色と呼んでいましたが(新聞情報)、まさにその通り!という色でした。

 

他にも花器や大皿などを始めとし、香炉やお重のような小さめの作品も展示してありました。九谷焼は様々な技法がある為、とても見応えのあるものでした。また、私自身、知っている作家さんが増えたので、名前を見つけるたびに本人と重ね合わせて拝見することが出来、充実したものとなりました。

 

作家がものづくりをすること自体、好きで無ければ続けられませんし、

 

つくる喜び

完成する喜び

展示する喜び

ものがお嫁に行く喜び

 

色々な喜びを感じているのだと思います。

 

 

 

自分が好きでワクワクすることが、最高の作品を残せる一番の秘訣では無いかと私は思います。

 

もちろん、顔を歪ませながら制作に励むことが(苦しんだら苦しんだ分)、報われるという場合もありましょうが、同じ評価されることには変わらないと思うのです。

 

 

と言っても、苦労さえ楽しんでいるのかもしれません。

その先の喜びを見据えているから、そこに辿り着くまでの工程を、楽しむことが出来るのではないのでしょうか。

 

 

 

似ているようで全く違う。

 

 

 

 

どんなに似ていると言われようとも、

個々の人は、世界にたった一人しか存在しません。

 

 

あなたもわたしも、この世界に一人だけ。

 

 

双子の兄弟も同じように見えるだけで、全然違うはずです。見た目が似ていても、その場その場で考えていることは全く違うでしょうし、好きな食べ物や趣味も違うと思います。

 

 

”似ている”と言ってるのですから、”同じでは無い”ことは言葉として整合しているのにも関わらず、どうして人は”同等”だとして扱うのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪話がえらい飛んでる気もしますが、興奮しているので続けます。≫

 

 

 

 

「似ている。」      

と、片付けるか、

 

 

 

「似ている…。でも違う。」

の先まで行くのか、

 

 

どちらに焦点を当てるかで、見える世界はガラリと変わるのだと私は思うのです。

 

 

 

正直分からないまま、見切り発車で、題名をつけてしまいましたが、

「作家がものづくりをする姿勢」とは、冒頭から述べていた「それぞれ違う」という、詳しく言及することから逃げた、

”ありきたりな結論”

に至ってしまいましたことを、ご報告致します。

 

失礼しました。

 

 

本日もお付き合い下さり、ありがとうございました。

それでは、また。